青と透明

未熟ながらも、考えたことについて。

一番嫌いな季節

10月になって一気に気温が下がり、夜風が涼しい季節となった。

今年の夏(特にここ、京都!)はとにかく暑く、呼吸をするだけで肺が焼けるような思いをした。それに比べれば今は大変過ごしやすい。ただ同時に自分はこの快適で穏やかな季節に寂寥感を覚える。

皆さんもあるのではないだろうか、好きな季節、嫌いな季節。

暑いから、寒いから、ではなく、もっと精神的な。春は別れの季節だから嫌い、みたいな。(幸いにして、私は春には大した抵抗はない)

 

私はこの季節が嫌いだ。というより嫌いになった。

嫌なことがあったというのは正しい。私にとっては物の考え方・価値観に根本的な変革をもたらすような出来事がかつてあった。そのおかげで成長ができたとも思っているので結果的には問題はないのだが、とにかくこの涼しげな季節の空気を吸うことは一緒に棘を飲み込んでいるみたいで、好ましくない。

 

嫌なこと以上にこの季節は幸福にも充ちていて、一番楽しかった。

輝かしい情景がイメージで浮かぶのはこの季節ぐらいだろう。大学の学祭も、日々隅で生きているオタクの割には何だかんだで楽しんでいた。

 

しかしあるときから、そこに苦痛があったのだ。過ぎ去った幸福に痛みや重みを感じるようになった。年をとることは自分の苦い過去だけでなく幸福な日々をも背負うことなのだと分かった。どんどんと重荷が増え、空気に棘が増していく。

考えすぎだろうか?決して悲観的ではない、諦念である。こういうものだと思い、受け容れている。ただ少し寂しいだけ。

 

人は死に向かって生きる存在なのだろう。